不理解理解

文末にはすべて必ず(※個人の考えです)が付きます

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これ、私だと趣味が合うとか合わないとかよりも、
趣味が合う合わないについて言及しない・相手の意見は相手の意見自分の意見は自分の意見としてくれる人との方が合うんだよな。
言及してもいいけど、それは感想であって利点として言及してこないというか。
倫理観全然違っても、こちらに押し付けてきたりそれが当然という思想さえなければ楽しく話聞けるしな。
実際に付き合いが長い人って、趣味の傾向合わないし映画の感想も違うし許せる許せないのラインも全然違うけど、そういう感想を「へ~」って聞いてくれる人ばっかりな気がする。
趣味が合うことをフックに話をされると、なんかコンテンツを人間関係のツールにしてるっぽく感じて好きじゃないのかもしれない。コンテンツ・作品と私の一対一の関係に別な物を混ぜたくない。
インターネット向いてない人間すぎ。
他人の意見の付き合い方の気が合う人というのが正しいかもしれないね。

『シルクロード.com』 は、映画の内容自体はおっさんのマッチョな思考で進むのでそこまで人に勧めはしないんだけど、
ノンフィクションものの冒頭として「これは事実を元にして滅茶苦茶エンタメとして膨らませた物語です」みたいな注意書きが入っていた点は滅茶苦茶好き。
逆に『最後の決闘裁判』 は一体何が真実なのか?という話をやった最後の章で「これが真実の物語である」って言ってきたところが、女性の扱いに対するカウンターをしている点では好きだけど結局歴史上の彼女の意思を映画の都合で勝手に語って来るという、弱者(既に死んでいる人)の意思は上書かれる再生産シナリオになっているところが合わなかった。そして主題は力の強いものによって黙殺されるものへの批判が根本だと思うから、主題との折り合いができてないと思ってあまり作品として好きではなかった。
ノンフィクションものとの付き合い方が滅茶苦茶難しい~。

#butai
舞台刀剣乱舞 禺伝 矛盾源氏物語 見た!
千秋楽ライブビューイングでした!
以下感想!

概要としては物語を愛するものを肯定することに全力を注いだ物語で良かった~!
それはそれとして物語を付与することの暴力性の話からいい加減逃げるなとは思うぜ!

■物語の消費と創作賛歌
全体を通して、あの世界は紫式部と彼女の源氏物語を愛した人間の起こした騒動であり、その人物の創作したキャラクターたちの感情に意味はあるのか?という疑問を提示したうえでそこに意味はあるし感情はあるし、そこに確かに愛はあるんだ!というのをやる話でした。
源氏物語を好きでいた人や物語を見る人達を肯定するお話になっていてよかったな~と思いました。
加えて、最後にこの舞台が物語だったとして、それがどんなに過酷な物でもそれでもこの世界を愛するし生きていくと宣言することで、物語に生きる彼らの生きざまやそれを愛する人達を含めて全部肯定する話だったので、やりたいことが明確で良かったです。

■構造の話
構造が5重になっていてクソ複雑で笑いました。
①オタク君の考えた最強の源氏物語本編
②オタク君の考えた最強の源氏物語行間
③オタク君の考えた最強の紫式部世界
④作中現実世界
⑤刀剣乱舞という物語世界
欲張りセット?真田十勇士の辺りからこれいつかメタ構造やるだろうな~って思っていたけど、ここまでやってくるとすごすぎて笑っちゃうね。

源氏物語のキャラクターに勝手に意志を付与して物語展開するの、刀ステの最近の話的にどうなんだろうな~と思っていたので、実際は全部オタク君の二次創作でした!という構造で出して来たのは好きです。
雲隠の結論を知っているのは紫式部だけで、お前ではないと言ってくれたのもマジでちゃんとしていて偉いと思う。
ただそれだったら女御の台詞に関しても「お前の受け取った物語中の女御がそう思う気持ちは否定しないが、原作の物語で彼女たちがそう思っているかどうかもわからない」くらいまでのライン引いてほしかった。
紫式部の「物語を作った罪を償う!」とか女御たちの「光源氏を恨んでいるが、それ以上に愛している!」とかも全部全部オタク君の妄想!原作とは一切関係ありません!
女御たちが男性社会に蔑ろにされた存在としての意味も持ってしまっているので、その状態で彼女たちに「本当に光源氏を愛していたから彼を殺せない」って言わせたまま終わらせたら再生産になっとるやんけ!と思う。
私はあれをオタク君の妄想としてバッサリ受け取るけど、仮にオタク君の妄想として受け取ってても、再び男性の意思で女性の意思がなかったことになる構造になるので、そこはちゃんとやれよと思う。
オタク君の性別を男で固定してきたっぽいので余計そう感じる。
別に性別固定してなくない?に関しては大倶利伽羅が六条の御息所に成り代わろうとしたら性別を理由に拒否されてるんで、まぁ性別は固定なんだろうな~と私は受け取りました。
途中まで光源氏のベース人格を菅原孝標女とか~?って思っていたのも、女性でやった方がえぐみ落ち着くかな~と思っていたのもある。
でも菅原孝標女に紫式部のため!って言いだす人格を付与することもまたえぐみになるので、紫式部の物語を愛した性別も分からない誰かにした方が個人的には好きだったかもしれないなと思いました。
そうすると本当に光源氏ベースオタク君に私が完全に内包されるし。

■光源氏について
私はこういう自分勝手にあなたのためにって言う大義名分で無自覚にエゴ振り回して他人のもの踏み荒らしながら最後まで反省せずに気持ちよくなって消える害悪男が好きなので喜んじゃった。
禺伝の全貌、原作沿い光源氏成り代わり夢小説を現実にしようとするオタクの話なので、最後に光源氏が女御に殺されそうになったり若紫に殺されそうになるシーンで「それもいいかもしれない!」と言い出すところとか本当に私の好きじゃないオタクの手つきでウケる。最悪。
自分の大好きな紫式部を桐壺に宛書して、その上自分は光源次ではないと理解させたうえで両想いにする+光源氏の役割を失っているのに自分が何者か分かってくれる若紫+女御たちは最後まで自分のことを愛し続けたとする
あ~~~^^あ~~~~~~^^
人の夢小説の趣味にケチをつけてはいけません。はい。でもこの人これを公式にしようとしてきたんです!?!??!
私は光源氏のTwitterアカウントブロックはしないけどミュートにはすると思う。出土してきた骨、工事現場の人たちがうわー工事延期されちゃう~って言って隠匿してなかったことにしてほしい。
にしても紫式部を物語で登場人物を苦しませた罪で苛ませるくせに、オタク君が勝手にキャラの感情代弁してキャッキャすることに罪を付与しないのなんでなんでなんで~?
それはオタク君とお客さん(私)がニアリーイコールでそこに罪を付与すると最後の怒涛の丸め込みに水を差してしまい失敗する可能性が高くなるからだと思います!エンタメ商業作品ッッ!
まぁいうて創作をしたことに苛まれている紫式部もオタク君の二次創作なんだけど……。オタク君と紫式部の解釈が合わな過ぎてずっと紫式部のこと「誰?」って思っていた。
紫式部苛ますわりに、今回の作中で刀剣男子たちに物語を付与することに対してのえぐみについての描写も少ない。政府がやったことに対しての批判も軽い。
そもそも刀剣乱舞というゲーム自体が歴史として正しくない(と言われている)逸話で成立している刀剣男子がいることに全部ブーメランになるから先延ばしにしてんだろうな~というのもある。
段々刀ステではそこら辺の回収はしないんじゃないかとも思っているし……。
もしかして一文字の人達の「物語を愛そう」とか「愛によって紡がれている」とか歌仙の「地獄だ!」とかで物語付与の功罪を説明しきったという体なんだろうか。
確かに昨今のインターネットだと地獄とか鬱とか言ってりゃ勝手に点と点をつなげてくれるだろうけども……。ず、ずるい……。
まぁ私の好きではないメタ構造あるあるの「読み手の攻撃性に言及するわりに自己の暴力性には無自覚」のうちの読み手の攻撃性への言及が少なかったから、まぁまぁまぁ……。
いや全然飲み込めてはいないけど……。
なんかそういう攻撃性に無自覚で無邪気なところも込みで光源氏が最悪で好きなんだけど、作劇上そこらへんに自覚的なのかどうかは割と微妙でそこはどうかと思います!
いい加減物語付与して消費する暴力性の話を先延ばしにするには、作品数が重なりすぎじゃないかなと思います。

構造が複雑だったり登場人物多かったりやってること多かったりで言及する箇所が多すぎて確実に漏れがあるし、語り口としても雑な扱いが多いのはそうなんだけど、
それはそれとして物語賛歌をしたいんじゃい!!!!という熱意は確かに受け取りました!という作品だった。
好きか嫌いかと言ったら好き。それはそれとして人には気軽には勧めない。そういう距離感の話だった。

感想

私が今までで映画のいい~と思った音楽は以下の3曲。(覚えている限りだと
・『The Greatest Showman』の『The Greatest Show.』


・『TOP GUN: Maverick』の『Main Titles』

『TOP GUN』の時点で最高!と思っているんだけど、曲が見つからなかったのでこっちを載せています。

・『THE FIRST SLUMDUNK』の『第ゼロ感』

第ゼロ感は映画の一番欲しい時にドンピシャで欲しい音楽が来たーー!って感じなので、映像+音楽の組み合わせとして気持ち良かった記憶がある。
そういう映像作品として最高のことをしてくれると「見てよかったー!」とぶち上れるので大好き。

『音楽』(映画)の映像表現は『BLUE GIANT』に近いよな~とは思ったけど、あんまり音楽の内容を覚えていないので今度見直そうかな。

#eiga
BLUE GIANT 』見た!

以下感想。

主人公の「良い物は届くんです」を体現した音楽と映像で私は全面的に屈服するしかなかった~~!ありがとうBLUE GIANT……。

私自身、音楽を楽しむ素養がないため音楽を中心にした映画などはあんまり刺さらない傾向にあったんだけど、それを全部打ち壊していく作品だったので本当にすげ~~!という感想ばかり出てくる。
私音楽映画楽しめるんだ……。教えてくれてありがとうBLUE GIANT……。
何がすごいって、BLUE GIANTは音楽+物語進行という構成ではなく、そのまんまライブを見せてもらえる形の音楽と映像的音楽表現ということなんだよ~。
私は映画のことを時間区切りの情報量で見る傾向にあるので、物語が進まないパートのことを早く終わらないかなと思う気があります!これは良くないところです!
にも拘わらず、音楽と映像で物語進行がないパートなのにそこにはちゃんと感情と熱量があって私がずっと聞けていました!アンコールしたかったです!
うぎーカッコよかったよー!
演奏はもちろんのこと、映像でのスポットライトを浴びた楽器の煌めきだとか、顔に入る影の青い境界ラインとか、揺らめく熱量が液体の表面張力みたいに張りつめて張りつめて音楽になる表現とか全部カッコよかった~!
ライブ聞きながら一緒に体を揺らしたかった。

特に私は過去に打楽器やってた経験があるので、ドラムやってる人がどんどんうまくなっていくのを見ては「すごすぎる……!」で勝手に手に汗を握っていたし、ファンの人に「君のドラムが成長するのを見るのが楽しみなんだ」と言われているシーンを見て「そうだよすごいんだよ~!」と一緒に頷いてしまった。
パーカッション経験あるのになんで音楽的素養ないんですか?知りませんが……。
それでもドラムの大変さを知っているので、ドラムの人が最後ソロをやり切ったのを見てうわぉんとなりました。かっこいいよ……。
というか一番最初の空き缶で主人公の演奏に合わせてリズムを取るシーン、あのソロを聞きながらテンポを崩さない時点でリズム感えぐくない!?
あと2人の演奏に置いていかれるときの、なんとか入りたいけど音の濁流に置いていかれてもうどうにもなれない孤独感とかを見ていてお、おぉぉ……私は……。
そしてライブが重なるごとにちゃんとドラムが上手になっている曲のそういう作りもよかったし、ドラムのソロがなかったり主人公とぴったり合わせた気持ちのいいパートはちゃんと確保されていたり多分ドラムの人に合わせた曲作りをしてくれてるピアノの人の優しさやら厳しさやらにも触れられて楽しかった……。楽しかったです……。

音楽映画として出して、こんなに音楽を楽しめる映画に触れられて私はとーっても嬉しかったし楽しかったです!
音響最強映画館でやってくれないかな~。


感想

#hon
ダークゾーン 読了!
私は将棋を題材にした漫画とか小説とか映画とか見るのが趣味なんですが、「将棋&バトル」と言われてので買いました。
「何だこれは!?」(KADOKAWA説明文)
何だったんですか!?

以下ネタバレ感想


総括としては、性格の悪い人が性格の悪いまま自分の世界に引き篭もって終わったので、そうだね~と思いました。

■最後まで変化しない主人公について
主人公の塚田が最初から最後まで性格悪いし嫌な奴だし内省しないし他責思考故の信頼できない語り手で面白かった。奥田君と理紗さんに謝ってほしい。
そしてその性質のまんま突っ走った結果ダークゾーンに居直ったという男なので、可愛いね♡
この可愛いね♡は全然褒めてない可愛いね♡です。
ダークゾーン2が出て、塚田が敵キャラとしてぼこぼこにされるのを見ないと許せないよ。
将棋指しで主人公という設定を負っているにも関わらず、ここまで嫌なキャラ初めて見たかも。
そして最後まで自分の性格の悪さや視野狭窄に言及せずに終わるのですごい。
永遠に理紗と一緒にいたいからあの世界を作ったよ!という最悪状態をネタ晴らしのフックにするなら、そりゃ主人公は成長しないよな。
まぁそこフックになっているかというと、読む前から「これ主人公(塚田)の精神世界っぽいですよね~」って言っていたので……。

塚田の成長のしなさ、自己世界で一人将棋(っぽいゲーム)し続けているだけで成長はないという話なんだろうか。
一人将棋も勉強になると思うけど、塚田君は性格が悪い他責思考だから自分が悪いと結論づけるのには難しいということなのかもしれない。
一応本編で理紗や教授や河野のアドバイスのおかげで自分の想定していなかった結果を得ることが出来たという側面があるから、何百回も続けて塚田の記憶の蓄積が続けば変わるかもしれないという余白はあるのか?
でもその閃きだってゲームルールに即した認識の変化であって、他人に対する印象はずっとそのまま(むしろ現実より悪い状態)だったから、あくまで自分の中にはある手法ではあるという解答であるなら、塚田君は一生あの中っぽい~。
でも「出て来なくていいよ……」よりも、「さっさと起きてごめんなさいしろ!」という気持ちなので、ダークゾーン2でぼこぼこにしてほしい。出ません!

■将棋
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これで将棋定義について言っていたけど、作品紹介で将棋&バトル!と言われているのに対して本文中で三回くらい「これ将棋と全然違くね?」って言われていて笑った。
違うよな!!!!!
ついでに本編では「完全情報ではない」って言われていたけど、個人的には以下では!?と思いました。
2人:×(コマが自立して戦っている)
零和:○
有限:△(ダークゾーンに手番という概念がない)
確定:×(出現位置がランダム)
完全情報:×(コマの位置もコマの役割も分からん)
最後の方にまた塚田君が「やはりこれは将棋!」って言い始めたのでもうなんでもいいです!
あと作中で突然まぁまぁ長尺で囲碁ディスが始まったのなんだったんですか!?
塚田、全然内省しないので囲碁ディスに対してのフォローを全然してなくてびっくりしたよ。
い、いいんですか!?

■塚田を取り巻く人たち
ダークゾーンを作ったのが塚田という前提の感想。
あそこにいる人たちは全員現実の人たちを塚田が受け止めた結果考えたコマたちなので、奥田の性格がクソ悪いのとかラミアの見た目が醜いのとか、理紗が超聖人風なのもそれは~!そう!嫌ッ
自分の見た目に対して理紗に「冗談でもかっこいいよって言えよ」って言ったくせに、理紗のプロポーション後にその姿を直視することができないとかいう+冗談でもきれいだよとか言わん精神性で、自分が嫌いな人たちの見た目が醜悪になってるの、ここここコイツ~^^っ
全く同じ役職の理紗と梓の見た目が全然違うのも、塚田が嫌いだからなんだろうしな。こいつ……。
にしても断章で梓のことを「蛇女」って呟いたのって、ダークゾーンが本当に別世界にあってその記憶が混線した結果時系列が混ざったのか、塚田のオリジナル言語なのかわからないな。
仮に後者なんだとしたら、塚田君オリジナル感覚で出ているのに自分でゲームっぽいと言及する(自分はこれがカッコよくないことをわかっていますよという防衛線を張る)という嫌なプライドの高いふるまいなので、可愛いね♡ポイントが高まる。
理紗が奥田君をかばうのは「塚田自身は本当は奥田が悪いと思っていないけど認められないのを理紗が代弁している」のか「理紗は人のことを疑わない聖女のような生き物だから、最後まで奥田のことをかばうだろうと塚田が信じている」のか「理紗は奥田のこと最後まで庇いそうだよな……アイツ奥田とデキてたもんな……と塚田が思っている」なのかどれでもないのか~。
理紗のプロポーションの見た目的に3つ目っぽそ~。
キャラクターの手触りから塚田の感性を見るの、面白いけどその対象の塚田が嫌な奴過ぎて普通に嫌だな。

最初は何を楽しんで読めばいいのかわからなかったけど、途中からこれB級映画のノリじゃん!と思ってからは一人でツッコミ入れながら読んでいました。
楽しかったです。
ダークゾーンは将棋ペンクラブ大賞 で特別賞を取っているんですが、「将棋というゲームの可能性を限りなく広めたもの」と書評されているぜ!
いろんな将棋の可能性を見よ!

感想

感想をため込む場所にもしたいので、この前行ったライブの感想も残しておこう。
1月28日に開催した星街すいせいさんの2ndライブ に参加してきました~!

総括としては技術と金銭があるVTuber事務所+作家性のある演者による大変贅沢なライブで超楽しかった~!

金銭の話をするなよと自分で書きながら思ってはいる。
しかし生身の人間のライブと比べて明確に技術と掛けた金額がライブ内容に跳ねるのがVTuberのライブだと思っているので、いい意味でとても楽しみだったんですよ私は!
グッズもとても可愛いし、生演奏だし、ゲスト豪華だし、何より映像と演出が超凝っていた。

■VTuberとしての演出
ノータイムの衣装替え・演出としての消失・過去の自分のモデルと同時に登場するとか、VTuberだから出来る演出てんこ盛りでとても良かったよ~!
特に過去があるから今の私があるという旨の演出の時に、1stライブのモデルが今の星街さんと同じ動きをしながら出てくる演出がカッコよかった!
あと配信の関係で本人が登場するモニターの背景が真っ黒になっているんだけど、それに合わせてライブ会場の背景を満天の星空にしているのが演出の妙だ~!むしろ現場だとモニターと夜空の差がないので本当に星空の下のライブみたいだった!とても綺麗!
ライブ配信のカメラでは抜けない部分の演出や美術も力が入っているので、情報の差がまぁまぁ大きいからなるたけ現地参加したくなるよな。
Clusterがライブ会場だったら、収容人数とか立ち位置とか関係なく同じ演出が何度も見えるのがバーチャル的強みだと思っているけど、
まぁ体験の高い唯一性とか現地の熱狂とかを一切無視したエンタメづくりに振り切るのは難しいだろうな~とも思っているので、VTuberのリアルライブはなくならないだろうな。

■曲について
元々曲の歌詞やMVにガンガン主義主張が入っていて好きだったんですが、ライブの演出もそれが反映されていて超よかったです!
Twitterでも言っていたけど、VTuberを消費する側面を批判しているっぽいMV!

これを歌った後にアイドルになった彼女を思う「サリシノハラ」を歌う構成すごーい!
今回はライブに誰か呼んだりするのかな~?でVTuberの誰を呼ぶのか予想していたんだけど、全員作曲家さんだったのでこれも個人的にすごいと思った。
自分の音楽性でライブを全部構成する気概を感じて気持ち良かった。私は創作物から明確に主義主張を感じる作品が好きです。

ただ当日になって「声だしOKになりました!」と言われるのは怖いからやめてほしかったぜ!
Twitter見てなかったから当日現場で初めて知ったので驚いたよ。
ライブは怖いけど声出しOKでなければ参加しようかなて思っている私だっているから、一度声出し禁止を発表していたら当日も禁止にしてくれ……。
ただVTuberって2018年から流行り出して生ライブが出来る!ってなってからドンピシャでイベントができなくなった人たちだから、声出しを切望する気持ちは分かる。声出し楽しい気持ちと声出しでコールアンドレスポンスしたい気持ちはとても尊重します!
しかし私は健康に生きたいヨヨヨ……。


感想

日記っぽいこと書こうかな。
今日はエゴン・シーレ展 に行ってきました。
絵に対する素養も知識もないので感じたままに書くよ~。

総括としては現代にも余裕で通じる絵ばかりで超楽しかったです。100年先も届くの、夢があるね。

エゴン・シーレのこと全然知らなかったけど、一番有名な「鬼灯のある自画像」をポスターで見た時の第一感が「岸部露伴みた~い!」だったのでお行儀が悪い。
ネットで調べると荒木先生が敬愛していたなどの記事が出てくるには出てくるけど、明確なソースは見つからなかったのでどうなんでしょう。

好きな絵は学生時代に描いたおじさんの絵「レオポルト・ツィハチェックの肖像」と「肩掛けを羽織る裸婦、後ろ菅盾(《回心Ⅱ》の断片)」。
どっちもキャンバスが大きいのでかっこいい!!!!!!!!!!!!!!
叔父さんの絵は(言われて気付いたけど)背景とおじさんの光の当たり方が反転していてデザインとしてかっこよすぎる。
裸婦の絵は後ろ姿と足首のシルエットが力強くてかっこいい~!

前述の現代に通じる点としてフェチズムが大変今風だなと感じた。
裸婦のスケッチのはずなんだけど、ごつごつの靴だけ履いていたり、太ももまであるブーツの上に太ももの肉が乗っていたりで「現代にも通じるフェチ~~!」ってなって面白かった。
見たまま描いたらそうなるのは分かってるけど、そういうシチュエーションにしないと太ももの肉は乗らないから……。
私があんまり同じ年代の裸婦のスケッチ見てないだけかもしれないけど、そういう組み合わせ見たことなかったからさぁ!!!!

エゴン・シーレ展というにはシーレの師匠のクリムトやウィーン分離派の人たちの作品が多かったので、作品数的にはウィーン分離派展の方が正しいのでは?と思った。しかしウィーン分離派展よりも、エゴン・シーレ展の方が私も来やすいのはわかっています……。
作品展示の順路が分かりやすさに振るためか時系列とは異なった構成の仕方になってたのも面白い。
私は美術展示作品の選び方や解説から主義主張を見るのが好き。
あと警察に捕まった辺りの話にほとんど触れず、それを髣髴とさせそうな幼女の絵が一枚もなかったのもこう、「シーレに気を使っている~!」と思って面白かった。しかし一度裁判で有罪判決受けても3年くらいで再起できる画壇、芸能界みたいだな……。
そうは言ってもその裁判も、問題のシーレの作品を目の前で燃やすとかいう公平性も糞もないイベントがあったらしいのでもうなにがなんだかわかんないよ~😭
倫理観……。
色々調べてもシーレはロリコンだのそうじゃないだの証拠はあっただのなんだの色々書いてあって調べれば調べるほどわからなくなった。歴史上の人物のゴシップ的なバックボーンはあんまり考えない方が身のためだなと思いました。


Twitterだと検索に引っかかったり、長々と呟く気力がないから言わないでいたことなども呟きやすいから良いな。
本とか映画とかゲームとかの感想も残しやすい気がする。う、嬉しすぎる……。

感想

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