不理解理解
文末にはすべて必ず(※個人の考えです)が付きます
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No.92
#hon
『
翻訳文学ブックカフェ
』読了!
最近翻訳について考えていたから読んだ。
確かなんかのブックフェスの時に買った。若島正先生(面白い詰将棋作る人)がいたから買った。
積読はするもんですね!
以下感想
続きを読む
総括としては言うまでもなく翻訳者によってスタンスは全然違うし、こりゃ翻訳者によって合う合わないが発生するわ!がよくわかって面白かったです。
■翻訳は二次創作的という私の考えについて
全体を読んであながち間違ってはいないなと思ったけど、あんまり正確でもないと思った。
どっちかっていうと楽譜を貰ってそれを演奏するが近いんだろうな。与えられた音階を元にどう表現するのかを試行錯誤する作業っぽい。
二次創作だと余白を足したり引いたりしすぎるイメージが強くなる。
そして私は楽譜を貰ったら自分で演奏したい!という風に言った方がしっくりくるかも。
土屋政雄先生の「文学作品の場合、原作者にどういう意図があろうと、翻訳者が勝手に訳せばいい」[p.211 l.18]とかはその傾向が強くて勝手に補強になった。
多分この思想は翻訳という行為をしている時点で意図を完璧に受け取ることが出来ないという前提があっての「勝手」という話なんだろうなと思っている。
もちろん作者の意図を訳すことを念頭に置いている人もいる。バランスのとり方が人によって全然違って面白い。
何を基準にするかが人によって違うのも面白い。
作者に会いたい人会いたくない人とかも違うし、それによって翻訳の質が上がる人もいる。
インタビューはうけてないけど、もともとの翻訳文はクールな感じだったけど、作者にあってみたら温和な人だったから翻訳を全文温和な感じに書き換えた人とかいるらしい。(私はそれをされたら切れると思う
翻訳する際にも、本文や作者と全く別軸で、出版される時代に合わせた翻訳をするというのも面白かったな。
改めて考えると、今風じゃない表現をターゲット層に合わせて変える作業を受け入れてくれるのってすごいよな~。
日本の作品でも古い作品はやっぱり読みにくいもんな……。
南総里見発見伝とかの、マジの古典とかまで行くと現代語訳があるけど、近代文学ってあんまりそういうの出ているイメージないもんな。軽く調べても
これ
くらいしか引っかかってこない?また調べてみよう。
そう考えると日本文学よりも翻訳された本の方がストーリー重視で長く読み継がれそう。
時代性を保ったままの作品はストーリーより古典・学問として親しまれるというか。
翻訳文学ってストーリーを重視するのか表現を重視するのかそれ以外を重視するのかがマジで翻訳者次第だ……というのが強まった。
■音楽的な話
面白いのが、多くの人が「ダイナミック」「リズム」「スピード」を大事にして翻訳していると言っていたこと。
これに関しては、私が最近の漫画原作を忠実に再現するアニメを「漫画の時とテンポが合わね~」と感じることがあるので勝手にシンパシーを感じている。
作品内の重要な要素そうじゃない要素に含まれるテンポやスピード感や空気感を保とうとする姿勢自体は滅茶苦茶好ましい。
ただ、村上春樹が海外文学は読むが戦後文学は読まない「いわゆる文芸日本語が読めないから。」「戦後文学って感覚的に弱いですね」[p.242 上 l.15]って言ってるのと逆に、私は翻訳文学が感覚的に文書として重くて読めないからこう……どうしょっかなぁ!って感じです。
たぶんその大事に再現しようとしているテンポやスピードが私にとって重いんでしょうかね!?村上春樹も割と読めないし。
あとこれは本文に関係ないけど、注釈に書いてある翻訳文がどれもこれも目が滑ったので本当に……読めないんだね……!って思って面白かった。
読んでください。
ここまで
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2023.03.09
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『翻訳文学ブックカフェ 』読了!
最近翻訳について考えていたから読んだ。
確かなんかのブックフェスの時に買った。若島正先生(面白い詰将棋作る人)がいたから買った。
積読はするもんですね!
以下感想
続きを読む
総括としては言うまでもなく翻訳者によってスタンスは全然違うし、こりゃ翻訳者によって合う合わないが発生するわ!がよくわかって面白かったです。
■翻訳は二次創作的という私の考えについて
全体を読んであながち間違ってはいないなと思ったけど、あんまり正確でもないと思った。
どっちかっていうと楽譜を貰ってそれを演奏するが近いんだろうな。与えられた音階を元にどう表現するのかを試行錯誤する作業っぽい。
二次創作だと余白を足したり引いたりしすぎるイメージが強くなる。
そして私は楽譜を貰ったら自分で演奏したい!という風に言った方がしっくりくるかも。
土屋政雄先生の「文学作品の場合、原作者にどういう意図があろうと、翻訳者が勝手に訳せばいい」[p.211 l.18]とかはその傾向が強くて勝手に補強になった。
多分この思想は翻訳という行為をしている時点で意図を完璧に受け取ることが出来ないという前提があっての「勝手」という話なんだろうなと思っている。
もちろん作者の意図を訳すことを念頭に置いている人もいる。バランスのとり方が人によって全然違って面白い。
何を基準にするかが人によって違うのも面白い。
作者に会いたい人会いたくない人とかも違うし、それによって翻訳の質が上がる人もいる。
インタビューはうけてないけど、もともとの翻訳文はクールな感じだったけど、作者にあってみたら温和な人だったから翻訳を全文温和な感じに書き換えた人とかいるらしい。(私はそれをされたら切れると思う
翻訳する際にも、本文や作者と全く別軸で、出版される時代に合わせた翻訳をするというのも面白かったな。
改めて考えると、今風じゃない表現をターゲット層に合わせて変える作業を受け入れてくれるのってすごいよな~。
日本の作品でも古い作品はやっぱり読みにくいもんな……。
南総里見発見伝とかの、マジの古典とかまで行くと現代語訳があるけど、近代文学ってあんまりそういうの出ているイメージないもんな。軽く調べてもこれ くらいしか引っかかってこない?また調べてみよう。
そう考えると日本文学よりも翻訳された本の方がストーリー重視で長く読み継がれそう。
時代性を保ったままの作品はストーリーより古典・学問として親しまれるというか。
翻訳文学ってストーリーを重視するのか表現を重視するのかそれ以外を重視するのかがマジで翻訳者次第だ……というのが強まった。
■音楽的な話
面白いのが、多くの人が「ダイナミック」「リズム」「スピード」を大事にして翻訳していると言っていたこと。
これに関しては、私が最近の漫画原作を忠実に再現するアニメを「漫画の時とテンポが合わね~」と感じることがあるので勝手にシンパシーを感じている。
作品内の重要な要素そうじゃない要素に含まれるテンポやスピード感や空気感を保とうとする姿勢自体は滅茶苦茶好ましい。
ただ、村上春樹が海外文学は読むが戦後文学は読まない「いわゆる文芸日本語が読めないから。」「戦後文学って感覚的に弱いですね」[p.242 上 l.15]って言ってるのと逆に、私は翻訳文学が感覚的に文書として重くて読めないからこう……どうしょっかなぁ!って感じです。
たぶんその大事に再現しようとしているテンポやスピードが私にとって重いんでしょうかね!?村上春樹も割と読めないし。
あとこれは本文に関係ないけど、注釈に書いてある翻訳文がどれもこれも目が滑ったので本当に……読めないんだね……!って思って面白かった。
読んでください。
ここまで